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スタッフブログ

奈良県橿原市
客は来ないが、井上真央が来た

13時、いつも通り店を開けた。

店の名はボードゲームスペース「dotto」。

街にひとつしかない、プレイスペースだ。


昨日はけっこう賑わった。予約も飛び込みもあって、何本もゲームが立ったし、お客さんと笑い合った時間も多かった。


で、今日はというと。


……誰も来ない。


何もない。ドアにぶらさがっているベルも、ずっと沈黙している。

これは、あれだ。完全オフ営業日というやつだ。


一応、お客さんに出す駄菓子の補充でもしておこうかと、開店前に近所の駄菓子屋で少しだけ買ってきた。ほんの500円分ほど。やりすぎると自分で食べなきゃいけなくなるので、ほどほどに。


それらを店のカゴにぽん、と入れた時点で、(あ、今日は誰ともしゃべらずに終わるかもしれんな)という予感が、するりと背中を通り抜けた。



■ 映画館は突然やってくる


お客さんがいない日って、ほんとうに静かだ。

静かすぎて、逆にいろんな音が聞こえてくる。冷蔵庫のモーター音、エアコンの風切り音、そして自分の椅子のギシッという音。


そんな中で、ふと思いついた。


(映画、観るか)


本当は家でゆっくり観ようと思っていた邦画がひとつあった。タイトルは『サンセットサンライズ』。主演は菅田将暉。相手役に井上真央。そして、竹原ピストル。正直、この三人が並んでいるだけでもう「当たり」確定な気がしていた。


さっそくノートPCを開き、動画配信サービスから再生する。音は控えめに。店のスピーカーから静かに流れる主題歌が、がらんとした店内にやさしく響いた。



■ 井上真央という感情のかたまり


映画の中で、井上真央は泣いていた。

泣くといっても、ただ涙を流すんじゃない。顔の筋肉ぜんぶで「悲しい」とか「嬉しい」とか「悔しい」とか、そういう感情をむき出しにしてくる。


あれは、たぶん、演技じゃない。呼吸なんだと思う。井上真央が演じるキャラクターが、そこに「いる」んじゃなくて、「生きている」。その息づかいが画面越しに伝わってきて、ちょっとぞっとした。


昔から彼女の演技は好きだったけど、この映画ではまた別格だった。

言葉より、表情。涙より、まばたき。そのすべてが物語を語っている。なにかに耐えるとき、人はこういうふうに唇を噛むんだな、とか。誰かに寄りかかるとき、こんなふうに指先がわずかに動くんだな、とか。


…そういう、細かすぎて、でも確かに「人間っぽい」動きの集まりが、たまらなく好きだった。


気がつけば、映画の中で泣いているのは彼女だけじゃなくなっていた。

観ている自分も、鼻の奥がつんとして、手元のティッシュに手を伸ばしていた。



■ 外は、ドッカンとゲリラ豪雨


映画が終わる頃、店の外が突然真っ暗になった。

(ん? なんか天気おかしいな)と思ってカーテンをめくった瞬間、「ゴボボボボォーーン!」と音を立てて、雨が降ってきた。いや、雨というか、もう水の壁。


午後四時。

大粒の雨が屋根を叩きつけ、道路は一瞬で濁流。ひと昔前の防災ビデオみたいな映像が、現実に広がっていた。


これで完全に今日のお客さんゼロが確定した。

まあ、さっきから「来ないだろうな〜」とは思ってたけど、もはや誰かが来たらその方が心配になるレベルの豪雨だった。



■ 井上真央を描く、という時間


雨音に包まれた店内で、少しだけぼーっとした。

井上真央の涙が、まだ脳裏に残っていた。あの目。あの震えるようなまつげ。あの、不器用な笑顔。


思わず、iPhoneでアイビスペイントを立ち上げ、指で描き始めた。


あまりに美しくて、なかなか特徴を捉えるのに苦戦した。特に目のあたりに時間をかけた。あの目力を、表現したくて。

正確な顔じゃなくていい。ただ、あの力強い目の奥行きに少しでも触れてみたかった。


ついでに、菅田将暉も描いた。輪郭がむずかしい。

竹原ピストルは、もう勢いで描いた。うまくいったかどうかはさておき、それはもう勢い任せに描いた。


出来上がった3人の似顔絵。彼らは無言だったけど、不思議と店内はにぎやかだった。

まるで、自分だけのミニ上映会が、まだ続いているみたいだった。



■ 店にひとり。だけど、ひとりじゃない


夕方五時。雨はようやく小降りになった。

それでも客は来ない。…でも、もういいや、と思えた。


映画と、俳優たちと、そして誰にも邪魔されないこの午後。

「いい一日だったなあ」と思いながら、買った駄菓子のビッグカツを食ってやった。


窓の外に目をやると、夕焼けが少しだけのぞいていた。

映画のタイトルそのままじゃん、と思って、思わず笑った。



■ あとがきのようなもの


ボードゲーム屋としては、今日はまったくもって失点続きの日だった。

売上ゼロ。新規なし。常連も音沙汰なし。

だけど、心のなかでは、まちがいなく「勝ち」だった。


井上真央という俳優のすごさを、あらためて知った。

たぶん彼女の演技は、役を通して観客の「心の奥」を揺らす力がある。

そしてそれは、こっそり涙を拭く僕みたいなひとり営業の店主にも、ちゃんと届く。


もしかしたら、こんなふうに誰にも会わない一日も、

たまには必要なのかもしれない。


だって今日は、「お客さんは来なかったけど、井上真央が来た」のだから。

たまご
ボードゲームスペースdotto
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