1972年の世界チェス選手権における世紀の対決、ソ連代表ボリス・スパスキーとアメリカ代表ボビー・フィッシャーの対決を追体験できる2人プレイ専用ボードゲーム。
テーマがチェスなのでルールの理解が必要かと言えばそんなことは断じて全く無く、駒の動かし方すら知らなくても何ら問題は無い。あくまでゲームのテーマとして史実が綿密に織り込まれているだけで、システムは単純に言ってしまえば数字比べである。ただ、この数字比べ+後述の特殊効果が、呼吸音をも気にしてしまうような集中力と緊張感を生みだす。
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(説明をしやすくするために、以降ゲーム中で使用される正式な用語を用いずに説明していることをご容赦いただきたい)
プレイヤーは片方がスパスキー、もう片方がフィッシャーとなり、それぞれ個人のカードデッキを持つ。このデッキのカード内容はそれぞれ異なっていて、いわゆる非対称ゲームとなっている。先手番のプレイヤーから盤上に手札のカードを1枚と、必要なら手持ちのポーン(カードの数字を+2まで上乗せできる)を置く。後手番のプレイヤーも手札からカードとポーンを置き、カードの数字比べを行う。同値であれば引き分けとなる。そうでない場合は、勝った側が『優勢』というラウンド内勝利点を得る。一方負けた側は出したカードに記載された特殊効果を解決する。
それを最大4回繰り返し、優勢が高いプレイヤーがラウンド勝者となりゲームポイントを得る。引き分けの場合は両者がゲームポイントを得る。ゲームポイントを6点先取したプレイヤーが勝者となるが、同時に6点に達した場合は(史実に基づき)スパスキー側の勝利となる。
手番で負けた際に優勢の代わりに得られる特殊効果が、後々になって響いていくる。その手番では負けだったとしても、その効果は次の手番、次のラウンド以降に影響を及ぼす。手札かポーンを増やすという簡単なものから、ラウンド中にポーンを使用できなくさせたり、ラウンドを投了して勝利を譲る代わりに自身の能力を強化するといったものもある。
また、カードの上下にそれぞれ白と黒の数字が書いてあり、先手番であれば白側、後手番であれば黒側でプレイしなければならない。一方の側が強いカードはもう一方の側が弱いため、強い数字で攻めすぎると次のラウンド手番が入れ替わった際に惜敗を喫することとなる。そのラウンドは勝ちで良かったとしても、後ラウンドで巻き返される可能性が高くなるのだ。
総じて言えることは、単純な数字比べの向こうに見える『後の先』を常に考え続けなければならないということだ。ラウンド中のカードが弱く、ポーンの上乗せをしても勝てないのであれば、あえて負けて特殊効果による恩恵を得た上で次のラウンドに臨むことを考えなければならない。そうして整え、気力十全の状態で攻めに出る。そうでなければ、機を探り守りに徹する。そうして『肉を切らせて骨を断つ』を何度も繰り返していく。相手の気力を削ぎ落とし、使える手(手札やポーン)を削り、少しずつ勝利へとにじり寄っていく。
常に勝ち続ける必要はない。そもそも勝ち続けるなどできはしない。勝機を逃せば次の勝機は訪れるか分からない。ただ相手の攻勢を受け流すことに専念する。気付けば薄氷の上を渡るかのような極度の緊張感の中でプレイが進行していく。1972年の天才達を自身に憑依させたかのごとく、口元に手を当て、髪を掻き乱し、熟考する。
『天才チェスプレイヤーになれるゲーム』とはよく言ったものだ。
チェスという(ボードゲーマーながら)あまり身近ではないテーマや、2人用ゲームという制約から、自発的にプレイしたいと動きかけない限りは、プレイする機会はなかなか無いかもしれない。しかし、一度この盤面の静かな熱狂に身を投じてみると、このゲームのシンプルさと奥深さに唸ってしまうのではないかと思う。時間が許すのであれば、スパスキーとフィッシャーの両方をプレイしてみて、それぞれがどのようなプレイを好んだのか思いを馳せて欲しい。
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(画像はスパスキー側でフィッシャーと同ゲームポイントに持ち込み、王者防衛に成功した際のもの。この時点でプレイ時間1時間半、相当疲弊していた)
ちなみにこのゲーム、ルールブックの2倍のページ量の『歴史的背景』という小冊子が同梱されており、史実において1972年の対決に至るまでの2人の軌跡が記されている。 時間があるのであれば、そちらに目を通した上でプレイすると、より一層このゲームが楽しめるだろう。
プレイ環境が気に食わないフィッシャーが駄々こねて、それにスパスキーがキレて口論に発展して、最後にはドイツのグランドマスターが二人を椅子に押し込めて「チェスをしろ!!」って言ったって話がマジで草なんよw